
菅野です。
激しめの画像で申し訳ありません。デリカシーの部分よりは、過去の現実としてご理解いただければ幸いです。
流された自宅の隣にあったバスの写真です。不謹慎かもしれませんが、ラピュタに通づるものをその時感じたのは今でも忘れません。繁栄という名の過去。現実というなの今。こればかりは経験してみないと想像は不可能かと思いますが、ある日突然、今までが幻に代わる人生がこの世にはあります。記憶にしかない過去の現実ほど、幻に近いものは無いかと思います。たとえその場に懐かしみに戻ったとして、何にも触れることはできません。それが大災害です。
震災後、僕はかなりの僻地に居たので、電気は2か月、水道は3か月復旧までに時間が掛かりました。その間、僕はいつの日か「このままでもべつに良いかもしれない」という感覚に陥りました。支援あってソーラー電源なども支給頂いたこともあり、かなり恵まれていましたが、天気が悪いと春の頃の19時には明かりも灯せず蝋燭暮らし。それでも子供たちは学校に通い、反射ストーブで湯を沸かし、体洗ったり顔洗ったりしていましたが結果体はさっぱりし、顔もすっきりした毎日を送っていました。
「インテリアとか別に良いんじゃんね。」
そんな思いが浮かんだのはそう遠くない話で、本当に僕は違う仕事をしようかなと思っていたころがありました。欲の具現化にしか思えなくなっていたのでしょう。幸いなのかその思いを止まらせてくれたのは、流されなかった作業車と道具でした。
現場に子供たちを連れていき、宿題をさせながら他の会社の仕事を手伝うことから再開したのを覚えています。文句ひとつ言わず、素直ないい子たちだ。笑
上記はあくまで生活するために再開しただけの話なわけで、インテリアとはなんぞや、という自問自答はしばらく続いていました。何のために色や柄を選び、しつらえというものを人は求めるのか。本気で考えました。

その思いの先に行った答えは、「心のゆとり」でした。
仮設にほどなくして引っ越してから、仮の日常が始まり、いろんなことはありましたが幻だったかのようなあの日常に、当たり前のように戻ろうとしている生活がありました。仕事をし、お金を稼ぎ、食べたいものを食べ、欲しいものを買おうとする。部屋が狭くなればもっと広いスペースを求め、自宅を再建する。人間の営みが人間を満たす。我々文化人は、それしか満足を得られないのかもしません。「神様が作った唯一の失敗作」と表現される我々は、結果野生動物のようには生きることはできず、選ばないのです。でも唯一野生動物と共通できるのは、せめて子供達には幸せになってもらいたい。この気持ちではないでしょうか。なんとなく、そんな気がします。
話が逸れましたが、インテリアの存在が人生に必要な理由は、その人が心を気持ちよく時間を経過するための必要空間であることだと思います。もちろんインテリアそのものに全く興味の無い方もいると思います。とはいえ、綺麗か汚いか、これぐらいの共通価値観は持ち合わせてはいるはずで、誰も好んで不愉快な空間を望むことは無いでしょう。もしそのような方がいたとしたら、それこそが好みでありこだわりになるわけで、それを現実化するのがある意味コーディネートなのです。笑
コーディネーターとは、デザイナーとは違います。この辺りもいつかブログにしたいところではありますが、今日は控えます。
先述の通り、人間は欲の塊です。それが人間社会を循環させていることは誰しもが知っていることだと思います。ですが、「幸せ」の価値観をわざわざへんちくりんに難しく考える必要はないと僕は思っています。自分の好きな空間を設え、今日も早くあの空間に帰りたい。ずっとここで過ごしていたい。ボーっとしていたい。それが次のチャレンジへのエネルギーとなり、逃げ場となり、安息の地となるならば、人間社会においてこれほど必要なものは無いと、自分なりに思うわけであります。

「立って半畳、寝て一畳」といいますが、それ以上の付加価値を生むのが建築とインテリアの存在意義であり、僕らは個性の押し付けではなく、求められるものを具現化するのが仕事でありライフワークなのだと、震災後に改めて肝に銘じたわけです。
皆さんにとって特別な空間を、これから先も是非、具体的に形にしてみてください。
だって僕らは、所詮人間なんですから。
笑。
菅野
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